◆「序奏」より抜粋 
						 
						 11月のある日、ガラナークの大神殿で一人のうら若い神官が大司教に拝謁していた。少年は、自らが受けた神託に従い、フィルシムへ出発するよう命を受けた。 
							 彼の名はグィンレスターシアード=アンプール。神聖ガラナーク王国ライニス地方領主ルルレイン=アンプールの次男で、まだ15歳になったばかりだった。金髪に明るい緑の瞳をした紅顔の美少年は、神職での栄達を望み、この大神殿で修行に励んでいた。生家が女系相続であったため、母親の関心はすべて一人娘に向けられ、彼の上を素通りしていた。そんな「家」に、彼は見切りをつけた。 
							 ---このまま家にいてもだれからも顧みられずに終わるだけだ。この優秀な僕が---! そんなことが許されていいはずがない! 
							
							 そして「神託」を授かった。当然だと思った。これが自分に与えられた答。自分が生まれてきた意味。自分は神に選ばれた人間であり、他の者とは「別格」なのだ。 
							 だが、現実はそうやさしくはなかった。「神託」---神の声を聞く者は、神聖王国ガラナークにあってすら稀だった。他の人間には確かめようもなく、そのため、真であると信じてもらえないことのほうが多いのだということ、それどころか一種の白眼視に会うことを、少年はあとから知った。だが、それがわかっていても、グィンレスターシアードは声を大にして告げただろう。彼の意志は「神の代行者」たらんとすることに集約されていたからだ。 
							
							 それに対してガラナーク大神殿は、彼を信じたわけではないものの、万一に備えて保険をかけるべく微々たる支度金を渡し、単身フィルシムへ送り出そうとしたのだった。容易に透けて見えるその思惑に、グィンレスターシアードは内心憤慨した。だが、彼は昂然とその使命を受けた。 
							 ---いいでしょう。この僕が正しいことを、僕自身の手で証明して差し上げましょう。そのときになっても後悔されないことだ。 
							
							 彼には揺るぎない自信と自負があった。 
							 ---自分は女神エオリスより直接「神託」を授かったのだ。世俗の権力やしがらみに汲々としているだけのあなたがたとは違う。 
							 そして彼はアンプールの名を捨てた。自らを名も実も「神の代行者」とするべく、一介の神官として「レスタト=エンドーヴァー」を名乗り、大志を胸に出立の手はずを整えた。ちょうど寄宿先の台所で食糧を漁っていた幼なじみ---もとい腐れ縁の魔術師ゴードンを道連れに引き込んだ。二人は隊商に加わり、11月末には経由地サーランドに到着した。<続く>
						
						◆間奏「君の名は」より抜粋 
							 
							「そういえば」 
								と、思いついたようにラクリマが口を開いた。 
								「セリフィアさんって、ファーストネームは何ておっしゃるんですか?」 
								 彼女は「セリフィア」を彼のミドルネームだと思っていた。できればファーストネームを教えてほしいと思い、尋ねたのだが、当のセリフィアは声を震わせて答えた。 
								「……セリフィアがファーストネームじゃいけませんかっ!」 
								 ラクリマに悪意がないのはわかる。わかるが、名前の話は彼にとっての逆鱗で、殴りたいのを我慢するので精一杯だった。それに構わず隣で、 
								「セリフィアって呼びにくい……好きに呼んでいいということだし、じゃあセーラなんてどうだろう。うんうん、呼びやすいし覚えやすい」 
								と、一人で頷いて納得しているヴァイオラに、セリフィアは低い声で言った。 
								「…できれば他の呼び名でお願いします……」 
								 かなりコンプレックスを刺激されてはいるものの、相手は女性だ。彼なりに必死に我慢した。そこへラクリマが悪気はないながら追い討ちをかけた。 
								「えっ!? セリフィアってミドルネームじゃないんですか? だって女の子の名前でしょう?」 
								 ついにセリフィアは絶叫した。 
								「しょうがないでしょう! 親がつけた名前なんだから! 女の子の名前だろうがなんだろうが俺の名前はセリフィアなんだ! 俺は男なんだよっ!!」<続く> 
						
						◆第一話「それぞれの理想郷」より抜粋 
							 
								  《あなた》は天翔る剱である 
									  天空よりこの世界を見守る女神の『眼』となって 
									  地下迷宮の奥に潜りし『核』を 
									  探索の末、見つけ出したる剱である 
									  その刃は揺るぎない心をもって敵を討ち滅ぼす 
									  それが世界の『夢』なのだから 
						
						 明けて12月23日、レスタトは朝から様子が変だった。一人でぶつぶつ言って考え込んでいる。見かねたラクリマが「どうしたんですか。様子が変ですよ?」と尋ねようとしたのをヴァイオラが止めた。 
								「ラッキー、彼が変なのはいつものことじゃないか。ほっといておあげ」 
								「だっ、だって、いつも変かもしれませんけど、今日はもっと変ですよ!」 
								 ヴァイオラはちっちっと指を振って言った。 
								「ラッキー、君も家族の前では下着姿になるだろう?」 
								「はあ!? ……それは…えっと……なりますけど…」 
								「坊ちゃんはね、今、まさに我々の前で下着姿になろうとしているのさ。つまり、親しくなるために一つの壁を超えようとしているってところかな。だからそっとしておいてあげるといいんだよ」 
								「そうでしたか! よくわかりませんけど、わかりました。下着になってくれるのを黙って待ってればいいんですね!」 
								「……あの、さっきから何を喋ってるんですか、あなたがたは」 
								 人生の機微に富んだやりとりのあとで、レスタトはぽつぽつと、昨晩、彼が再びご神託を受けたことを口にした。 
								「まあ! どんなご神託だったんですか?」 
								 ラクリマが無邪気に聞くと、レスタトは「ハイブを倒せとのことでした。が……」と歯切れ悪く答えた。その後は黙して語らず、仕方なく一同は話題を切り上げてセロ村へ出発した。<続く> 
						
						◆第二話「月の袂で」より抜粋 
							 
							 「木こり」亭で食事を終えたレスタト、セリフィア、G、ラクリマが「女神」亭の扉を開けようとしたのと、ジェイとエリリアの二人連れがそこから出てきたのとが同時だった。そのとき、にわかに曇っていた空が晴れ、満月が顔を出した。 
 刹那、彼らの上に月の魔力が降り注いだ。  レスタトはその瞬間、月に異常な魔力を感じた。しかもその魔力は、ある方向に向けて照射されている---いや、照射されているというよりはむしろ、どこかから引き出されているようだった。どこか南東の、ここよりずっと離れた場所で何かが行われている、そんな風に感じた。 
 セリフィアはその瞬間、身体が軽くなり切れがよくなったように感じた。身のうちに力が漲り、体を動かさずにはいられない。突然、素振りをすることを思い立った。そうだ。川辺へ行こう。あそこなら思う存分、長物を振るえる。ああ、気分がいい。今なら何でも斬れそうだ。 
 Gはその瞬間、何かがどっと流れ込んできたような鈍い衝撃を受けてか、あるいはまた、背中にいきなり激痛が走ってか、いずれにせよそれらに耐えきれず、気を失った。3人と、ジェイ=リードたちの前で、予告なく昏倒した。 
 ラクリマはその瞬間、月が赤いと思った。本当に色が赤いわけではないが、異常な魔力を月に感じ、瞬時にそれが頭の中で「赤い」という表現と結びついていた。同時に、自分の持つ聖印から魔力が迸るのを感じた。何だかわからなかった。ただ、神にお聞きするしかないと思いこみ、「私、神殿へ行かなきゃ」と口走っていた。 
 「女神」亭の中にいたヴァイオラは、表が騒がしいのに気づいた。ふと、外に目をやったとき、満月が飛び込んできた。彼女の目には、美しい、いつもと同じ月と映った。 
 すべてが同じ、一瞬の出来事だった。<続く> 
						
						◆間奏「午後の訪問」より抜粋 
							 
							 話が終わったと見たのだろう、スコルはリールのほうへ歩み寄った。彼女は歌を歌っていた。透き通った美しい歌声だ。 
								 
								 私は夜の世界の住人 月の元でしか生きられない 
									 月はすべてを映し出す 本当の心、真の姿を 
									 あなたは私を愛しているの? 本当の私を愛しているの? 
									 あなたの心はどこにあるの? 私の心はここにあるのに 
									 あなたは私を見つけられない あなたは昼の世界の住人だから 
									 私の心はあなたに届かない 私は夜の世界の住人だから 
									 月はすべてを映し出す 月はすべてを照らし出す 
								 
								 歌い終わって、リールはにこにこしていた。 
								 スコルは、何を思ったかリールの作った石の塔に花を添えると、 
								「ご冥福をお祈りいたします」 
								と、祈りを捧げた。小さな、白い花だった。可憐という言葉がぴったり当てはまるような。リールは、あどけない幼女の笑顔で「ありがと」と舌足らずな返事をした。とても嬉しそうだった。 
								 ヴァイオラは呆気にとられて呟いた。 
								「その花、どこから出したんです……」<続く> 
						
						◆第三話「冷たい雨」より抜粋 
							 
							 東門についた途端、柵の一部が破られ、襲いかかる狼に木こりのひとりが喉を食い破られて絶命するのが目に入った。駆け寄る暇もなかった。 
								「うわあああ!!」 
								 もう一人、前に出ていた木こりが恐怖に駆られてこちらへ逃げてくる。柵の前は警備兵のスマックがいるだけになった。 
								 木こりのほか、後方には猟師が弓を構えて控えていたが、守り神である柵に逆に邪魔されて、なかなか矢が当たらないようだった。何しろこの柵は高さが3メートルもあるのだ。 
								 戦士は前線へ、呪文使いは後方から援護する形でそれぞれ配置についた。 
								 レイはスリープ〔眠り〕をかけたあと、一同にヘイスト〔加速〕をかけてくれた。これは非常に効果的だった。それでも一同はかなりの苦戦を強いられた。 
								 戦いの最中、ヴァイオラは妙なことに気づいた。狼たちの目が、どうにもだれかを思い出させるのだ。そう、セリフィアだ。月の魔力で「無口な男」から「爽やかお兄さん」に変貌したあとのセリフィアのように、瞳がきらきらしている感じがするのだ。 
								(彼らの襲撃にも月の魔力が関係あるのか?) 
								 何がしか確かめようとディテクトマジックをかけたのが間違いだった。月あかりすべてが魔力を帯びており、その光の氾濫に目が焼けるかと思えた。目を押さえながらもヴァイオラは、狼がすべて光って見えたのを見逃さなかった。セリフィアとGも。どういうことなんだろう。Gはわかるが、なぜセリフィアも? ヴァイオラは目を押さえ、戦線から少し退いた。<続く> 
						
						
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