□ その時彼らは4 〜 氷山の一角 □

 

「どうでしょう、この混乱に乗じて村を乗っ取るというのは?」

 この人はいつも愚にも付かないゴマをするんだから。

「ふざけたことを言うでない。国に帰れば栄光の騎士団入りが約束されている私がなんでこんな片田舎の寂れた村を手に入れなければならないのだ」

 あら、勘違いをして怒りだしたわ。

「へへっ、これは失礼しました」

 全く。からかって楽しんでいるのかしら。

「しかし、この村程度手中に収められないと、この先栄光の騎士団を背負って立つのは難しいと思いますが?」

 珍しいところから、皮肉とも取れる発言が飛び出しわね。

「むむ。それは元領主の嫡子としての言葉か?」

 皮肉は通じなかったらしいわね。でも彼のツボにはまったみたいね。

「いいえ、心構えを問うてるだけです。何も本気で村を乗っ取れ、なんか思っていませんよ」

 このまま話を続けると本気にしかねない、と思ってるのね。一歩引いて真意を伝えようとしているけど…。

「…そうか。う〜む、お主はどう思う?」

 やはり真意は伝わらなかったみたいね。困ったときには、いつもこう聞くんだから。何か進言しても従わないくせに。

「私は、貴方の道に従うのみです。貴方が神の道に反せぬ限り、栄光を手に入れられるその時まで、ずっと付いてまいります」

 判で押した様にいつも同じ返答ね。きっと心の中は後悔の念で一杯なんでしょうね。

「兄のようにはならぬ、というわけだな。ははは、面白いやって見ようではないか。だがその前に…」

 

その場に終始無言の女性(ひと)が一人。

 

 

 

 

「困っちまったな」

「……」

「こんなに早く亡くなられるとはな」

「……」

「今後この村はどうなるのでしょう。外はハイブでこんな状態だし、中も村人が減って大変なときなのに…本当に村の方々が心配ですね。あっ、すいません。不用意な発言をして。貴女の方がもっと大変でしたね」

「……」

「案外、計画通りかもしれません」

「いや、時季尚早だろ」

「!? 『計画』??? なんのことですか。私何にも知りませんよ」

「そりゃそうだろ。話してないからな」

「どんな計画なんですか。どういうことですか」

「そりゃ、決まってるだろ。次期村長の…」

「おふざけは、やめたらどうですか。本気にしてるではありませんか」

「貴方が先に話し始めたんじゃないですかぁ」

「私が一人で夢想していただけです」

「なんだぁ、そう言うことだったんですかぁ」

「……」

「だが、やっぱちょっと早すぎたな。もう少し下準備の時間が欲しかった」

「人の不幸で話をしないで下さいよぅ。彼女に失礼じゃありませんか」

 一同の視線がその女性に集まる。ずっと考え込んでいたその女性は、ゆっくりと選ぶようにして言葉を紡ぎだした。

「やっぱり、葬儀には出て下さい。お願いします」

「うむ」

 

 『計画』ねぇ。慌てて取り繕ったが、案外彼奴と彼奴は本気かもな。
ん、もしかすると口にしたのもわざとか? 何考えてるんだか、わかんないヤツだな。

 

その場に終始ニコニコことの成り行きを見ている男性(ひと)が一人。

 

 

 

 

「よっしゃ! やっとくたばったか。これからは、俺の時代だ。みんな付いてこい」

「良い心意気ですね。その調子ですよ」

「神殿の若造は勝手に自滅したし、うるせいやつは追い出せたし。弟は丸め込んだ。後はうるさいのは、あのババァぐらいか」

「神殿は私めのものにして下さってよろしいのですよね」

「おう、今日からでも使ってくれ。何ならじじいの葬式もお前がやるか?」

「大変恐縮なお心遣い痛み入ります」

「おいお前、警備隊長やれ。村の女共好きにして良いぞ。俺は家にいたあの女が気に入った。従順な振りをしちゃいるが、あれはきっと気、強ええぞ」

「無理矢理犯って、危険な目に遭わないで下さいよ。相当な手練れですよ、彼女は。それより、ギルドの方はどうだったんですか。この村を牛耳るのには、貴方の力が必要なんですから」

「うん、巧く入り込んでいるっすよ。でも、なかなか隙は見せてくれないっす。この村にどんな旨味があって居るんすかね、そこが掴めないと攻めようがないっすよ」

 

 いいんすか、そんなこと目の前で言っちゃって。いくらお馬鹿でも、気付かれるっすよ。ま、僕はどうでもいいんすけどね。

 

その場に心の声を持つ者、一人。二つの心を持つ者、一人。

 

 

(『第五話 プロローグ』より ◆ 2002年8月初出)

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