□ その時彼らは16 〜 波紋 □

 

「ご苦労だったジャロス。して、結果の方は?」

 グレコは玉座に着き開口一番こう尋ねてきた。

 恵みの森の中央部に位置するスカルシ村の村長宅。

 現村長になって地下に移設した謁見の間に、さきほど戻ってきたばかりの見目麗しき青年戦士ジャロスが片膝を付いていた。

 玉座の主、村長であるヴァンパイア魔術師グレコ・ウォーネスキーは、大剣の騎士グッナード・ロジャスを隣に従えている。

 ジャロスの帰還に、昼にも関わらず起きてきたのは、少しばかりは興味があったのだろうか。

「残念ながら、最期まで理解できなかったようです」

 村長の言葉にジャロスはいつになく、かしこまった口調でそう答えた。

「お互い、できの悪い子を持つと苦労する」

 グレコは笑いながら、グッナードに同意を求めた。

 グレコの孫は、一度退位したグレコに代わり村長を務めていたが、無理な戦で村を危機に陥れたあげくに自らの命を失うという愚行を犯していた。

「…全く。あやつの弱さを指摘し、修行のチャンスをも与えてやったというのに、変な宗教にはまったあげくに野垂れ死にとは…恥さらしもいいところであるな」

 グッナードは、重厚な野太い声でそう吐き捨てた。

 その言葉や表情からは、息子に対する情や哀れみは感じられない。

 

 …バーナードの気持ちもわからないでもないよな。この人が親父さんじゃ、色々と大変だ。でも、逃げたら終わりだ、それ以上の進歩が無くなる。ブリジッタとの出会いは『変わる』チャンスだったのに。バーナードも頑固というか融通が利かないところがあったからな…そんなところも『弱さ』だったんだろうな。ホントに語ることは少ないけど、相手の本質をよく見てるよ、この親父さんは…

 グレコとグッナードの会話が続く中、そんなことを心の中でジャロスは考えていた。

「ジャロスよ、主もそろそろ騎士になれるのではないか?」

 ジャロスは、いきなり話を振られて驚きながらも、領主の言葉にそつなく反応を返した。

「はい、確かにもうそろそろですが」

「我がスカルシ村のために、よりいっそう働いてくれるな」

「はい、喜んで」

 会話の中心はいつの間にか、亡き者から生きている者へと移行していた。

 戦い渦巻く戦国時代のフィルシムの中で弱小のスカルシ村は、常に先の先の手を打っていかなければならない。

 死んだ者にかまっている暇はないのだった。

 

 

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「へ〜い、報告しますよ。アナスターシャお嬢さんとディートリッヒ君は、フィルシムに建設中のハイブコアとともに死亡したようでっせ。報告君と新米の大剣戦士は、やつらに奪い返されちまったようで」

 どこかにある質素な宿屋の2階の一室。

 ベッドの上にはいつもの少女が、いつもと同じ白いワンピースを着て面倒くさそうな面もちでちょこんと座っている。

 その前には、報告者となっている盗賊風の男が立っており、その後ろにはリーダー格の戦士の他、いつもの4人と物言わぬ影が一つ。それに新参者の戦士が一人加入していた。

「そう」

 少女は、盗賊風の男の報告に、いつもと同じようなやる気のない返事を返しただけだった。

「これで我々は、フィルシム国内での足がかりを全て失ってしまいましたよ〜、以上、報告終わり」

 盗賊風の男は、ひどく投げやりにそう言い終えて、壁際に下がった。

「アラファナ様、一つ質問してもよろしいですか」

 リーダー格の戦士…ファザードが、少女…アラファナの座るベッドに近づくように、一歩前に出て話しかけた。

 アラファナから真っ当な返事が返ってこないことを事前に織り込み済みなのか、彼女の返答を待たずにそのまま言葉を続けた。

「アラファナ様が開発された、ハイブマインドの能力を持つディートリッヒは、非常に優秀な戦力…今後の我々の活動を大いに活性化させる可能性を秘めたモノでした。この前のジェラルディンにしてもそうです。それに今回の大剣の戦士、セリフィアにもまだまだ使い道はあったはずです。何故、優秀な手駒をまるで使い捨て…いや、まるで飽きたオモチャを捨てるかのように、手放していくのですか。明確な理由をお答え下さい」

 ファザードの口調はかなり強いものだった。

「…そっちの方がおもしろそうだから。ううん、もうおもしろくないから」

 アラファナは抑揚のない声で、返答とも言えない返答をした。

 返答したことは驚きであったが、その答えはファザード達を怒らせるに充分だった。

 戦士達は武器を抜き、呪文使いは、いつでも呪文を唱えられるように身構えた。

「つまり、我々は、貴女の遊びに良いように振り回されていた、だけ、だったという訳だ」

 ファザードは、一言一言を吐き捨てるようにそう言った。

「あれぇ、私、殺せませんよ?」

 今まさに殺されんとしているこの場面で、アラファナの抑揚無く気の抜けた声は、そんな雰囲気をまるで感じさせないものだった。

 しかし彼女の声は、最後まで発せられることはなかった。

 ファザードをはじめとする戦士陣の武器が彼女の身体を深々と貫いたからである。

 口内に溢れた血で言葉はかき消された。

 魔術師である彼女に、戦士の全力を込めた剣戟をそうそう耐えられる筈もなく、わずか10秒足らずで、この戦闘の片はついた。

 彼女は、悲鳴一つあげることなく、激しい感情を露わにすることなく…白いワンピースを真っ赤に染めて、ただベッドの上に倒れ込んだ。

 完全に息絶えたことを確認するために、僧侶がアラファナの死体に近づき彼女の死を確認した。

 死してなお美しい彼女の顔はだが生気を失っており、呼吸は完全に止まっていた。

 僧侶が死亡を確認したとばかりに頷くと、ファザードはベッドの上に数枚の金貨を投げ、仲間と共に部屋を出た。

 

 

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 …偽善ですね。

 私を助けて、満足するのはあなただけ。

 改心するとでも思ったのですか? それとも自己満足の為ですか?

 

 あてなく恵みの森の中を彷徨っていたら、いつの間にか夜になっていた。

 一日中歩き回った疲れからか、彼…スコルは糸が切れたようにその場に座り込んだ。その姿からは既に生きる気力とでもいうものが見うけられない。

「あなたの理想郷は何ですか?」

 突然話しかけられ、スコルは吃驚して顔を上げた。

 すぐ目の前にいつの間にか…物静かで落ち着いた雰囲気の男が一人立っていた。

 スコルには相当の手練れであるという自負があったが、彼が現れた気配にはまったく気付かなかったのだ。

 男はその眼鏡の掛かった白い顔がよく見えるようにか、直毛の長い黒髪を背中で一つに結っていた。ゆったりとした古式の青い神官衣に身を包んでいるところをみるとどうやら神官、らしい。

「私にそんなことを聞くとは、愚問ですね。ユートピアとは、偽善のない世界。皆が自分の欲望に忠実な世界。死の恐怖と隣り合わせになったときにこそ人間の本質が見えてくるものです。その時知るでしょう、いかに自分が偽善者だったかを。いかに人間が信じられない生き物かを」

 スコルは相手の実力に探りを入れながら、その美しい声で『彼ら』のお題目通りの答えを返した。

「それは『今の』ユートピア教の解釈の一つでしょう? 私は『あなたの』ユートピアについて聞いているのですよ。…あなたの理想郷は何ですか?」

 慈愛に満ちた暖かい笑みを浮かべ、男は再度スコルに問うた。

「では言いましょう。そんなものはありません。あるのだとしたら、それはただのまやかしにすぎません」

 スコルは、強い口調で言い切った。

「そうですか、そんな風に思っているのですか…それは残念なことです」

 スコルの言葉に対して、男は哀しげにそう呟いた。

 しかし、その眼鏡の向こうから真紅の瞳で真っ直ぐにスコルを見据え、こう続けた。

「誰にでもユートピアはあります。ただそれに気が付かないだけ…いえ、気付こうとしないだけなのです。でも、あなたは違います。あなたならきっと、あなたのユートピアを見付けることが出来ます…あなたのユートピアを探しに行きましょう。立ち止まってはいけません、ここでは何も見つかりませんから。…さぁ、立ち上がって」

 何気なく差し出された男の手を無意識に取って、スコルは立ち上がった。

 冷たい手だった。

「……あなたは……」

「…ああ、今日は随分おしゃべりしてしまいましたねぇ」

 スコルの問いに答えずに、男は独り言のように楽しげに呟いただけだった。

 立ち上がったままのスコルが呆然と言葉を失っていると…男は現れたときと同じように一人、音もなく森の奥へと消えていった…。

 

 

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「おかしい!! なんでユートピア教に荷担したヤツが無罪で、逆にこの俺が追われなきゃならなねぇんだ! ヤツら俺を…はめやがったな!!」

 森の中を通じる、馬車一台が通れるかどうかの細い道を彼は、狂ったように走っていた。彼の夢は破れ、希望は潰えた。

 新しい恋人は憎むべき『ヤツ』に殺された、その上あんなに嫌だったあの場所に帰ることになろうとは。

 しかし、彼は知らない。

 その場所にすら、もう彼の心の支えはないということを…。

 

(『第二十二話 エピローグ』より ◆ 2004年2月初出)

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