□ 独 白 □

 

贅沢だと言われたこともある。

くだらない拘りだと揶揄されたこともある。

でも。それでも。

僕は『特別』になりたかった。

 

 

 

僕は生まれた時から代用品だった。

正確には代用品にさえなれなかったのだが。

僕の生まれた家は神聖ガラナークでも有数の貴族アンプールの家。

アンプールでは代々女尊男卑が叫ばれており、家督を継ぐのも要職にあるのは全て女性だ。この家で僕やルード兄様の存在などさして重要ではない。

この家での15年はそれを嫌というほど思い知らせてくれた。

姉様の周囲にはいつも人だかり。

優秀な教師がつき、何れは国政に携わる者として姉様は磨き上げられていく。

僕たちはいつもそれを遠目で眺めているだけだった。

悔しかった。

だから努力した。

僕はここにいるのだと、認めてほしかった。

けれども。

どれほど武術の腕を上げようとも。

どれほど知識を収めようとも。

いかなる努力も認められることは無かった。

一度も顧みられることは無かった。

思い知った。

罵倒されるより、嘲笑われるより辛いのは無視されることなのだと。

思いつめて母様に聞いたことがあった。

僕は一体何の為に生まれてきたのですか、と

母様は言った。

シャルレインの代わりがほしかった。なのに男だったなんてね、と。

そう言いきる母様には少しもてらいがなかった。

そして僕は。

期待することを放棄した。

 

時が経ち、兄様は騎士の道を選んだ。

功を立てさえすれば一代かぎりのものとはいえ爵位も領地も授かることが出来る。

このままここで冷や飯食らいで終わりたくはない、兄様はそう言った。

でも僕は違った。

神官の道を選んだ。

戦士となるに何が不足していたわけじゃない。むしろ僕は戦士としての才能に恵まれていた方だろう。

でも僕は神官になりたかった。

ここが神聖ガラナーク王国だったから。

格式の高い行事には必ず神官が必要とされる。

国王に王冠を授けるのは大司教の役割だ。

神聖ガラナークでは宗教と政治とはすでに不可分となっている。

大神殿はエオリス正教の総本山であると同時に神聖ガラナークの政治の中枢でもあるのだ。

その大司教ともなればどれほどの発言力をもつことか。

だから僕は神官の道を選んだ。

血筋ではなく、自らの実力を証明するために。

そして、僕の願いはかなえられた。

神は僕だけに「神託」を授けてくださったのだ。

 

誰もが信じようとしなかった。

そして嗤った。

世迷言だと決めてかかった。

馬鹿な連中だと心の底から思った。

事実を認められない愚か者達を哀れんだ。

自分が神の声を聞けないからといって何故、僕を君達と一緒だと考えるのだ?

何故僕が、君達と「同じ」でなければならない?

よしてくれ。

僕は君達なんかとは違う。

母なるエオリスに選ばれたんだ。

僕は『特別』な存在なんだ。

だから僕の言葉に耳を傾けろ、お前達。

僕に託された神の言葉を。

――「私」に授けられた神の御意志を。

 

大司教に呼び出された僕は、そこで僕に授けられた「神託」が正式に認められた、という話を聞かされた。

別段、感慨は無かった。緊張も。

それは単なる事実でしかなかったのだから。

だが、続く言葉を聞いた時僕は少し呆れていた。

大司教の言葉を要約すれば、「神託」だと認めてやるからその事実を確かめて来い、ということ。

大司教ともあろう方が迂遠な事だ。

――いいですとも。証明して差し上げましょう。

僕が――「私」が間違いなく神の意思を体現して差し上げましょう。

「私」――レスタト=エンドーヴァーが。

 

一癖も二癖もある道連れを従えてセロ村まできた「私」を出迎えたのは。

怪我をして地面に倒れ伏す白い少女だった。

脳裏に浮かび上がる。

――翼をもがれた天使が、大空を飛ぶことを忘れ大地に横たわる――

彼女の存在こそが「神託」の正しさを示す何よりの証ではないか!

――ああ、母なるエオリスよ、御照覧あれ!!

貴方の下僕はまさに今、貴方の意思を体現せしめようとしております!!

「私」はこの時、自らの将来に待つ栄光を確信していた――

 

しかし、現実は、冷たかった。

 

何故この「私」がこのような目に――!

原因は分かっている。

侮りがあったのだ。

今回の冒険の目的が猟師を救いに戻るというものだったから。

時折遭遇する怪物を容易く屠っていたことで。

ハイブという敵を侮っていた。

ハイブブルードになる前の幼生体ブルードリングを倒したことでいい気になっていた。

あの戦いで神託の天使――Gが命を落としたという事実も忘れて。

そして、何より。

物語の主人公である自分が死ぬはずはない、とそう盲目的に信じ込んでいた。

――そのツケがこれだった。

今や「私」は――僕はハイブの苗床にされようとしている。

この僕が!

神に選ばれたこの僕が!

ショートランドを救う未来の英雄たるこの僕が!!

神よ、何故です!

何故僕がこのような目に遭っているのです!

僕が神の意思に反した行いをしたのでしょうか?

獣人を許容したことですか?

あの異端者に目を瞑ったことですか?

それとも僕が貴方の意思に適わないとでも

 

――深呼吸を、一つ。

冷静になれ。考えろ。このままじゃ駄目だ。

このままじゃ本当に僕は、僕達は――

――僕達?

そうだ、ここには他の仲間もいる。

何より僕の天使――Gがいる!

救わなければ、救わなければ!

だが、どうやって?

ここは既に奴らの巣の中。

この体は未だに言うことを聞かない。

ヴァイオラやアルト、ロッツの死体がどこに運び込まれたのかも分からない。

こんな状況で打つ手なんて――

――いや、ある。

たった一つだけ手はある。

だが、

でも、あれは。

しかし、このままでは間違いなく、僕たちは死ぬ。

無駄に死ぬ。

意味もなく死ぬ。

誰にも知られず、誰が知ることもなく。

誰に顧みられることもなく――惨めに。

 

させない。

そんなことは。

この僕がさせない。

させてたまるかぁ!

 

いいだろう。

どうせこのままじゃ死んじまうんだ。やってやろうじゃないか。

僕にとって本当に怖いのは死ぬことなんかじゃない。

僕にとって本当に怖いのは。

僕にとって本当に怖いのは、僕という存在が無意味で終わることなのだから!

さぁ、忌まわしき足手纏い達よ! 僕にとって初めての、と――仲間たちよ!

貴様らがどう思おうと知ったことか!

お前達に「祝福」という名の「呪い」を授けてやろう!

全ては僕達が弱かったことに起因するんだ、自分の無力さを怨むんだな!

何も出来ない無力なお前達に僕の「覚悟」を教えてやる!

「――ああ、母なるエオリスよ。汝が下僕の言葉を聞き届けたまえ――」

ああ、Gよ! 愛しくも憎らしい我が天使よ!

その胸に刻むがいい、お前の為に命を落とした者がいるということを!

そう、僕が死ぬのは他の誰でもない――君を救う為なんだということを!

「――我が祈りを聞き届けたまえ――」

何だ、今になって僕は何を震えている。

「――我は今ここに願い奉る――」

決めたんだろう? なら、

「――我が命を、魂を、我が全てを捧げ願い奉る――」

今更迷うな! 「レスタト=エンドーヴァー」!!

「――癒したまえ。救いたまえ。我が同胞たる彼の者達を。

 ――運びたまえ。導きたまえ。彼の者達を安息の場所へと。

 ――損なわれることのないよう、喪われることのないよう。

 ――彼の者達に汝が祝福を与えたまえ。

 ――彼の者達に汝が奇跡を授けたまえ。

 ――我が願いを、どうか聞き届けたまえ!!」

 

 

 

 

 

でも僕だって、本当は……

 

 

(『おまけ本1・レスタト白書』より ◆ 2003年8月初出)

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