□ 花の咲く家 □

 

今朝はいつもより大分早く目が覚めた。

昨夜、それなりの納税をしたためか村から酒が差し入れられた。

ヴァーさんだけでなくカインまでもが早々に酒盛りしだしたので

屋根裏部屋に逃げ込むしかなかった。

いろいろあって疲れていたし、傍で歌ってくれたGの歌声が心の波を静めてくれた。

瞼が少しずつ重くなっていって…いつの間にか眠っていた。

たまには早起きもいいかなと思って下に降りてみた。

…そこには前日までにはなかった光景が広がっていた。

いつの間にか植物で溢れた部屋。

なぜか鍋に植えられている。…軽い目眩を覚えた。

 

 

 

迷宮に向かう前。

トムの店にひまわりの種を注文しておいた。

これから育てる花としてはもっとも相応しいと思う。

大輪を咲かせるひまわりはその溢れる生命力を力強く主張する。

太陽のような美しさを誇る、夏を象徴する花といっていい。

鮮やかな黄色い大輪が一面を埋め尽くす。

 

この村に来てもう数ヶ月。

みんなで住む家がここにあり、一緒に住む仲間がいる。

ここが「帰る場所」。

そう思えるのもそれほど不思議な事ではない。

心休める場所だから、できるだけみんながくつろげる場所にしたい。

窓から見える花は少なからず疲れた心を癒してくれるだろう。

ラストンでそうだったように。

 

母さんは花を絶やした事がなかった。

落ち込んでいるときも、喧嘩して帰ってきたときも花の香りが擦り切れた心を包んでくれた。

 

迷宮から村に帰ったその日。

今後の予定を決める話し合いをしたとき
ついでにひまわり植えたいという意向を伝えた。

誰も反対しなかったが…その理由は俺の思い描くものとは大分異なっていた。

 

太陽のような大輪を咲かせる花だと説明したのは俺だ。

だからといって宗教は関係ないだろう。

確かに種もたくさん採れる。

でも食べなくたっていいじゃないか。

一番大事なのは美しさと香りを楽しむ事…だと俺は思う。

少なくともラストンでもショーテスでもそうだったから。

みんなどうしてワンステップ多いんだろう。

種の処遇なりなんなりで盛り上がる中、
アルトに俺の考えが間違っているのかどうかを確認せずにはいられなかった。

同じラストン出身のアルトならわかってくれる筈だ。

だが積極的に肯定する事はなく、困ったり笑いを堪えているようだった。

頭がクラクラしてきた。

 

そうだ、目の前に花が実際にあればその美しさに気付いてもらえるかもしれない。

手持ちのものは例の蘭だけ。

まあアレならみんな綺麗だと思ってくれるだろう。

以前壺を改造して作った鉢に球根を植え、キャントリップですぐに花を咲かせる。

食卓を彩るには申し分ないだろう。

それにこれは個人的な理由からフィルシムにむけて出発するまえに2日間の時間をもらったお礼という意味もある。

「みんなで楽しんでほしい」

そういって蘭を差し出した。

それに対してかえってきた言葉は…「売る気はないか?」

 

全身の力が抜けた。

フィルシムでは花を観賞するという習慣がないというのはさっきまでの会話でうすうす気がついていた。

しかしだからといっていきなり商売に走らなくてもいいと思うのだが。

確かに商品になるだろう、それなりの球根を買ったのだから。

「食べられませんよ」

…もはや誰が言ったかは覚えていない。

ラストンが懐かしくなってきた。

明日はアルトとラストンの話でもしようかなぁ。

どっと疲れが駆けめぐる。

「せめて、花の美しさを愛でてくれ」

それが精一杯の抵抗だった。

 

「花が好きなの?」

「母さんが好きだったから、好きですよ」

実家ではいつも花がいっぱい咲いていたので…と続けようとしたがもう聞いていなかった。

仕方ないので少し離れたところでしばらくその様子を見守る。

一段落したところで話を続けようと思っていってみると…みんなの妙な視線が俺に集まった。

どうしたらいいのかわからなかった。

 

次の日。

前日の精神的な疲労がまだ残っていたので今日は書き物をして過ごす事にした。

心の整理もつけておきたかったのでちょうどいいだろう。

みんなは森のほうに向かうらしい。

俺にそんな元気は残っていないので出発を見送ってから書き物を続けた。

帰ってきたみんなはいつも以上に泥だらけ。

表情が不自然なくらい明るい。

…まあ、いいや。

夜には酒が差し入れられ、俺はGの歌を聞きながら眠りにつく。

 

 

 

そして今日の朝。

一変した部屋の様子に言葉を失う。

起きてきたアルトに聞かずにいられなかった。

「これは何?」

アルトもよく知らないらしい。

昨日の泥まみれの原因はこれか…。

とにかくこの状況を整理したかった。

剣を持って河原に向かい、一心不乱に振り続けた。

振り下ろす剣にいつも以上に力が入っていたかもしれない。

とにかくクタクタになるくらい振り続け、家に戻る。

みんなの暖かい…眼差し。

とりあえず確認してみる。「これは何?」

「ホームシックみたいだったから」

単純に嬉しかった。

まあ別にホームシックでも何でもなかったが

気にしてもらえていることが嬉しかった。

ただ、戸惑ったのも事実でありこれをどう表現したらいいのかもわからなかった。

実家の話はもうしないほうがよさそうだ。

みんなが心配する。

それと…花の話ももう止めよう。

 

 

(『あの日の想い』より ◆ 年月初出)

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