□ ヴァイオラの徒然日記・抜粋4 □

 

460年7/17

 一晩歩きづめで虎族の村に戻る。朝っぱらから呼び出された族長はいい迷惑だろうが、年寄りだからきっと朝は早いに違いない。ジーさんがお姉さんの真相−1について語る。今さらそんなことを知ってもしょうがないと、族長の態度は頑なだった。ジーさんの押すだけ話法じゃ余計意地になるので、横から口だしする。

 「なぜ二度に渡って陥れられたのか、その意味を考えられては?」

 ちょっと反応あり。「あなたには族長として村人達を守る義務がおありでしょう。そのためにも」

 言葉に力を込める。族長の態度は少し軟化したようだ。時間をおけば頭も冷えるだろう。

 さすがに疲れたのでちょっと一眠り。

 

 空気が重い。今までにもかなりの修羅場をくぐってきたけれど、現時点でのパーティ内士気はまさにどん底。中途半端に成長しているせいで、それを表に出さないから余計に息苦しい。発生源筆頭のカインが如何な浮上しないので、どうにも手の打ちようがない。無言で酒を酌み交わす。

 まるでお通夜のような酒盛り組の反対側で、ラッキーとセイ君がまたしても人生相談を始めた。部屋の中は静まり返り、二人の話はよく聞こえた。……聞こえすぎた。

 まーたセイ君はなんだか甘っちょろい事言って。いつまで部屋の隅で膝抱えてるつもりなの。もうすぐ騎士にもなろうという人間がそれでどうする。ほんっっっとうに君の親御さんの顔が見てみたいよ。ついでに文句も言ってやりたい。

 カインの手の中でさっきから異音がしているのも同じ理由だろう。そろそろ限界かなと思ったら、びしっと鋭い音をたてて木の椀が割れた。ありゃー、村の什器だったのに。向こうでは何も知らぬげに話が続いている。これ以上他人様の物を壊すのも忍びない。荷物の中から白鑞の杯を出して渡した。

 「壊していいから」

 ――哀れ愛用の杯3号は100数える間もなく握りつぶされた。

 

 ゆらり、とカインが立ち上がる。握りつぶした杯を返し様言った言葉は……ちょっと、まて。なんで出て来るんだ、君は。そんな荒唐無稽なことがあっていいのか。

 彼は、ジーさんを誘って外へ出ていった。

 ……どうしよう。いや、どうするつもりなの。ああ、駄目だ。これはわたしが手を出しちゃいけない話だ。でも、まずいよ……。

 ぐるぐると悩んでいると、さすがにセイ君も異常に感づいた。追いかけてもいいかと、自分に何かできるだろうかと問うてきた。ラッキーはもちろん頷き、わたしは――

 「二人とも、守ってあげてね」

 カインもレスタトも。

 

 限界まで我慢してから、様子を見に外へ出る。ほどなく男前になったセイ君とジーさんに行き会った。ジーさんの様子から、最悪の事態は免れたと見て取りほっとする。が、セイ君の男前ぶりからするに、わたしは村の中を歩けないかもしれない。恥ずかしくて。

 どうして君たちは、そう人前でばっかり……。

 二人と別れ、あの子がいると思しき方へ向かう。ついでにロケート。想定していた状況とはちがうけど、こういう時にも役に立つ。はは、あれ持たせておいてよかったわ。

 少し奥まった池の端に蹲る、彼。しばらく様子を窺ってみたが、どうやらあの子のままらしい。切れ切れにしゃくり上げる声が聞こえる。

 近寄って声をかけた。見上げたその顔は、鼻水と涙が入り混じってぐしゃぐしゃだった。裏町のガキだって、もうちょっときれいに泣くぞ。君って本当に泣き方を知らないんだね。――じゃあ、もっと泣かせてあげるよ。

 「つらかったね」

 そっと頭を撫でる。

 体力のあらん限りを振り絞っての号泣が始まった。

 

 前身頃が彼の涙と涎と鼻水とで散々になった頃、ようやく感情の激発も終焉を迎えた。すんすんと鼻を鳴らしながらも一応の体裁を整えるあたりが坊ちゃんらしい。ジーさんが好きだという気持ちを素直に吐露するところも、ある意味坊ちゃんらしくて微笑ましかった。

 本当なら、いつかはこんな風になれていたのかもしれない。あのまま一緒に旅をしていれば。もう、それは別たれてしまった道だけれども。

 くしゃくしゃになった前髪をかき上げて、こめかみに口づけを落とす。謝罪と愛情と、諸々の想いを込めて。頬に、額に、涙の残る眦に。

 びっくりした表情に思わず笑みが零れる。もっと早くに気がつけば良かったよ。君が何も知らないんだってことに。

 動揺したせいなのか、みるみるうちに顔つきが変わる。レスタトからカインへ。どこか気恥ずかしげなのは、しっかりさっきまでの記憶が残っているからだろう。しかし、ほんとにこの二人って同じ素材でできているんだね。再確認したわ。

 目線を外したまま少し身を離し、カインは言った。

 「ヴァーさんには、いつもこんな姿を見せてばかりだな……」

 ………。

 君ってすごいね。それは天然ですか。

 さらりと殺し文句を吐いたことに、本人は全く気づいていない。良かったね、うちのパーティで。じゃなかったら君、年中色恋沙汰でトラブってたよ、きっと。

 思わず苦笑したわたしに、敏感に反応するカイン。やっぱり大泣きしたのが恥ずかしいらしい。ぷいっと向こうを向いて、すねる。

 ……あー、もう、かわいい奴めっ。思いっきり、ぐりぐりとかわいがる。憮然としているが構わず続けた。本当に嫌ならこんなことさせないもんね。しばらくおもちゃにした後、カインも落ち着いたようなので、額に口づけひとつ。

 「みんな心配してるだろうから。帰ろう?」

 家の入り口で気後れして躊躇うカインをからかった後は、いつも通りの時間が戻った。

 

 

 

 ――泣く子には勝てないって知ってたけど、本当にわたしはあれには弱い。今となっては死に逃げしたことも、呪いをかけやがったことも、きれいサッパリ許してしまった。坊ちゃん塚まで築いて溜め込んだ原動力は、いまやどこにも存在しない。

 予定が狂った。大番狂わせだ。

 あの塚、どうしてくれようか。

 

 

(『ヴァイオラの徒然日記』より ◆ 2004年1月初出)

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