| そもそも「論文」って何なのでしょう?
これはその漢字が示すとおり、「何かを論ずる文章」です。
では「論ずる」とはどういうことでしょうか?
国語辞典で引くと、「物事の道理を述べる」「議論する。討論する。議論して定める」「言い争う」などと書かれていることでしょう。
「議論」「討論」とは、複数の人間が意見を述べあい、お互いにその是非を論じあうことですね。
ここで注意してほしいのは、「きれい」「かわいい」「すばらしい」といった「感想」を言い合うだけでは「議論」にならないという点です。たとえば‥‥
「桜がきれいだね」
「そうだね」
「私は梅の方が好きだわ」 |
このように言っているだけではただの「会話」です。「議論」にはなっていません。ではこういうのはどうでしょうか?
「あの桜はきれいだから、切ってしまってはいけない」
「いや、地域開発のために切るべきだ」 |
こちらは一応「議論」と言ってもいいようです。
「会話」と「議論」とではどこが違うのでしょうか?
答えは、「問題」があるかどうかです。「議論」では「桜がきれい」という言葉は「桜を切るべきではない」という主張を理由づけるために言われているのであり、意見を交わしあう人々にとって重要なのはむしろ「桜を切るか切らないか」という「問題」の方なのです。
そうです。「論ずる」とは、何か「問題を論ずる」ことに他ならないのです。
ぐだぐだ書いてしまいましたが、ずばり、言いましょう。
論文とは、「何らかの『問題』に対して自分の考えを文章によって述べる」場です。
「感想」ではなく「考え」です。この点については、別な節でもう少し詳しく説明する予定です。
忘れないでください。あなたが何らかの「問題」について自分なりに考え、「私はこうするべきだと考える」と述べるのが、論文を書く目的なのです。そして論文を書く場とは、「自分の考え」を他人に向けて発信するチャンスであると、ポジティブに捉えるべきです(あなたがポジティブであることの重要性については、もっと後の節で説明します)。
したがって、自分で考える姿勢を持たなければ、ある問題を解決するにはどうしたらいいかを突き詰めてみようとする意志を持てなければ、論文のたぐいは書けないものなのです。
「小論文ごときに大げさな」と思うかもしれません。では「小論文」に関してはこう言っておきましょう。
小論文の問題とは、自分の考えを述べるための「トレーニング」の場です(実は大学でのレポートも往々にしてこのトレーニングの役割を果たします)。それで「論文」の前に「小」がつくわけですが、「ある問題に対する自分の考えを述べる」という本質は変わらないと思った方がいいでしょう。
長引いてしまいました、ごめんなさい。
この項目はこれくらいにして、次からは「自分の考えを述べるトレーニング(=小論文の問題)を効率よくこなすために、どんなことに気をつければいいか」を説明していきましょう。 |